長靴猫さんの日記

(Web全体に公開)

2013年
07月16日
09:47

ソフトバンク

ソフトバンクは今でこそ通信事業社と思う人が多いけれど、
最初は、パソコンのソフトウエアの問屋だった。

まだ、パソコンなんて言い方が一般的ではなくて、マイコンなんて言っていた頃、日本のパソコンは、富士通のFMシリーズ、NECの88シリーズの8ビット全盛で、ハードディスクなど高値の花であってパソコンにソフトウエア(主にゲーム)を読み込むのはカセットテープだった。
そのカセットテープに目をつけて、当時シャープに電訳機一式を1億で売った儲けを資金にして全国にソフトバンクはパソコンショップを展開し、一気に事業化していった。8ビット期である。どのくらいの性能かというと、ガラケーのゲーム機能がPS2相当の処理能力だが、その能力の1000分の1程度じゃなかったろうか。

しかし時代はあっという間に16ビット時代になり、ドクター中松が発明したフロッピーDiskを外部記憶にする機器があたりまえになり、ソフトバンクはPCの専門書の出版事業に転身する。
丁度その頃のライバルがアスキーや、I/Oといった出版社であった。しかし勝ったのがソフトバンクでありその成功を礎にして、多方面の事業化に成功する。

この時期世の中はパソコン通信ブームになっていた。今の光回線から比べるととてつもなく遅く、音声を利用して通信をしていたので1秒間に14400ビット程度の通信だが、この世界的ブームが後のインターネットで必要な技術を磨く場になった。
日本ではPC9800(NEC)の16ビット全盛期だった。

この頃すでにアップルは日本にもウインドウシステムの搭載機である、リサやMacintoshを持ち込んでいたが、販路もなく、まだ高額であったため、わずかなアップル専門店でのみ販売していた。

だが、このウインドウシステムの優位性は、当時のUNIXやそれを真似て北欧の国の学生のライナス君の作ったLinuxが爆発的人気になり、あれよというまにPC9801上で動作し、Xウインドウシステムが動作することになった。これにより一気にウインドウシステムのプログラマが増える。

この後何故Windowsが成功して行くのかがあるんですが、それはそのうちに。。

手が疲れたのでこの辺で。
今朝は懐古@生き字引モード。 笑

これが8ビット時代の憧れのマシン・・高かったなー 初めて秋葉でみたときは感動ものでした。
コモドール社のPET http://ja.wikipedia.org/wiki/PET_2001


このページに当時のマシンが載っています
http://www.shigalab.net/hist-com/pas-com.html

コメント

2013年
07月19日
23:28

1: senior


懐かしいですね。

小生は、学生時代は、NEC2203とか、たしかLPG-30とかの
4Kワードのマシン語でプログラミングしていました。

会社に入って、IBM360シリーズ、一方、自宅では、4ビットマイコン、TVゲームをハンダ付けして組み立てていたました。

その後、8ビット、16ビット、32ビットのPCへ、、

ソフトバンクのソフトや雑誌や書籍は、よく読んでいた記憶があります。

長靴猫さんよりも、更なる、懐古、、、、

2013年
07月20日
06:23

私は高校生まではコンピューターには全く興味はなかったですね。
大学時代にジョブスを知ってそれからです。社会人になってF社で鍛えられたのでした。汎用機と、メカトロニクス。

長靴猫さんの日記
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